東京地方裁判所 平成9年(ワ)16673号 判決 1999年9月21日
原告
甲野花子(X1)
同
乙山春子(X2)
右両名訴訟代理人弁護士
梅澤幸二郎
同
鈴木一徳
被告
東京都(Y1)
右代表者知事
石原慎太郎
右指定代理人
林勝美
同
大村昌志
同
前田守彦
同
柴田博道
被告
国(Y2)
右代表者法務大臣
陣内孝雄
右指定代理人
加藤裕
同
宮崎芳久
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 原告甲野の請求について
1 争点(一)について
(一) 〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
(1) 西新井署に設置された警察庁特別手配被疑者追跡本部(以下「追跡本部」という。)は、平成八年七月上旬ころ、オウム真理教の出家信者であるAが、オウム真理教信者であるB(以下「B」という。)の居住する東京都足立区加賀〔番地略〕Sアパート二〇一号室に住民登録をしているとの情報を入手した。追跡本部が、同月中旬ころ、B及びSアパートの所有者であるCに対し、事情聴取をしたところ、Sアパート二〇一号室には、平成五年一一月ころから、Bが住んでいるのみで、他に住人はなく、Sアパートのうち二〇一号室以外の部屋をAに賃貸した事実もないこと、平成七年九月中旬ころ、Aから、Bに対して、「私の今の住所では、オウム真理教信者であることがばれて、働き口がないので、住所を貸してくれないか。」との依頼が電話でなされ、BはAの右依頼を承諾したが、その後、Aは一度もSアパート二〇一号室を訪問しておらず、Aが同室に住んだこともないことが判明した。平成八年七月二二日、追跡本部が、足立区役所に照会したところ、Aは、平成七年一〇月九日に足立区役所北千住サービスセンターにおいて、旧住所地であるIビル二階から新住所地であるSアパート二〇一号室に転入した旨の住民異動届を提出していること、足立区役所では、Aによる住民異動届の右提出を受け、同日、住民基本台帳を作成していることが判明した。加えて、右サービスセンター係員に対して聞き込み捜査をしたところ、住民異動届の受理月日は前記のとおりで、場所についても右サービスセンター内であり、磁気ディスクをもって調整された住民基本台帳ファイルの入力作業は同センターの係員が行っていること、右住民基本台帳から出力印字された住民票は、権利義務又は事実の証明に関する公正証書であること等が判明した。以上の判明した事実によって、当時追跡本部に所属していた畑田警部は、Aを、Sアパート二〇一号室に転入する意思がないにもかかわらず、転入した旨の虚偽の住民異動届を足立区役所に提出した電磁的公正証書原本不実記録、同供用罪の被疑者と認めた。
(2)追跡本部が、Sアパート二〇一号室に、A以外の者が住民登録をしているかについて捜査したところ、オウム真理教信者ら四名がA同様に住民登録をしており、右五名の住民登録をした日及び転出した日は、Dが住民登録日が平成七年一〇月三日、転出日が同月二六日、Aが住民登録日が平成七年一〇月九日、転出日が同月一二日、Eが住民登録日が平成七年一〇月一一日、転出日が同月一七日、Fが住民登録日が平成七年一〇月一一日、転出日が同月二四日、Gが住民登録日が平成七年一〇月一二日、転出日が同月一三日であること、Aの前住所登録地であるIビル二階がオウム真理教の杉並道場であり、D、F、Gの各前住所登録地もIビル二階であることが判明した。捜査員が、Sアパート二〇一号室における右各住民登録の事実について、B及びCに対して事情聴取したところ、B及びCはA以外の四名がSアパート二〇一号室に住民登録していたことを全く知らず、また承諾した事実もない上、右四名がSアパート二〇一号室に居住した事実もないことが判明した。以上の判明した事実によって、畑田警部は、右四名についてもA同様に、電磁的公正証書原本不実記録、同供用罪の被疑者と認めた。
(3) 畑田警部は、AがSアパート二〇一号室を転出した以後の所在について捜査したところ、Aは、平成七年一〇月一二日栃木県那須郡那須町大字芦野〔番地略〕、同年一一月一八日東京都杉並区高円寺南〔番地略〕、平成八年五月八日東京都練馬区石神井台〔番地略〕と転々と住民票を移動した後、同年七月一八日、本件捜索場所一に住民登録をしていることが判明した。畑田警部が本件捜索場所一について捜査したところ、同所は、オウム真理教信者が株式会社日本システム管理と賃貸借契約を結んでおり、以後契約者の変更はなく、平成八年五月下旬ころから同年七月下旬ころにかけて、Aを含む四、五名のオウム真理教信者が同所に出入りしていることが判明した。
(4) 畑田警部は、このように、Aが、オウム真理教の出家信者であり、短期間で住民票を転々と移動していること、AがSアパート二〇一号室に虚偽の住民登録をした前後に、Aのほかに四名のオウム真理教の出家信者が住民登録を行っており、これらの信者が住民登録後短期間で転出届を提出していること、いずれのオウム真理教信者もSアパート二〇一号室に居住した事実も来訪した事実もないことなどから、本件被疑事実が、オウム真理教の関与する組織的犯行の疑いのある事案であると判断した上、本件捜索場所一はオウム真理教信者が賃借し、Aが住民登録をしており、Aを含むオウム真理教信者が出入りしていることなどから、本件被疑事件の動機、目的、手段方法、共犯関係又は背後関係等を明らかにする証拠物が存在すると認めるに足りる状況があり、これに対し捜索を実施しなければこれら証拠物を組織的に隠滅されるおそれがあると判断した。
そして、畑田警部は、本件令状請求一を行った。
(二) 以上の認定事実によれば、畑田警部が本件令状請求一の時点における捜査結果から、本件被疑事実はオウム真理教の関与する組織的犯行の疑いがあり、本件被疑事実の動機、目的、手段方法、共犯関係又は背後関係等を解明するのに必要な証拠物が本件捜索場所一に存在する蓋然性があって、これについて捜索を行う必要性があると判断したことは、相当の理由があったといえる。
原告甲野は、本件被疑事実は、Aがオウム真理教施設の住所ではオウム真理教信者であることが発覚してしまい、就職できないとの理由により行ったものであって、オウム真理教によって組織的に行われたものではないと述べるが、前記認定のとおり、AがSアパート二〇一号室を転出した以後も栃木県内や東京都内で転々と住民票を移動していることやSアパート二〇一号室に短期間に複数のオウム真理教信者の虚偽の住民登録が繰り返しなされている点に照らせば、本件被疑事実がオウム真理教の関与する組織的犯行と疑う相当な理由があり、畑田警部の前記判断が不合理とはいえない。
また、原告甲野は、本件捜索差押一を受けるまで本件被疑事実自体を知らなかったのであり、本件被疑事実につき何ら関与していないし、本件捜索場所一にAが出入りしていたのは平成八年五月から七月ころまでの間であり、同年九月ころの出入りは確認されていないとして、本件被疑事実と本件捜索場所一とは関連性を有しないと主張するが、原告甲野の認識ないし本件被疑事実への関与の有無にかかわらず、前記認定の事実に照らせば、本件被疑事実と本件捜索場所一との関連性は否定できない。そして、Aが本件捜索場所一に住民登録したうえ平成八年五月下旬ころから七月下旬ころまで出入りしていた事実が認められる以上、本件令状請求一の時点においても、依然として、本件被疑事実に関する証拠物が本件捜索場所一に存在する蓋然性は認められるというべきである。
さらに、原告甲野は、本件令状請求一において差し押さえるべき物とされた物件のうち電子手帳、外部記憶媒体、手帳、日記帳等について、いずれも本件被疑事実との関連性を否定し、外部記憶媒体について、無限定に差し押さえるべき物として挙げることは一般的・包括的押収になってしまうため許されないと主張する。しかし、これらは、本件被疑事実に関するオウム真理教の組織的な関与を示す内容や本件被疑事実の動機に関する内容が記載されている可能性があるから、いずれも、本件被疑事実の動機、目的、手段方法、共犯関係又は背後関係等を解明するにあたり、証拠となり得る。また、外部記憶媒体については、そもそも無限定に差し押さえるべき物として挙げられているのではなく、組織的犯行であることを明らかにするために必要なものという限定を加えた上で挙げられている。
加えて、原告甲野は、電子手帳について、本件被疑事実に関する情報が入力されている場合には、その電子手帳のデータをコピーするなり他の方法によるべきであり、ハードウェアそのものを差し押さえることは許されないと主張するが、電子手帳には各種のタイプが存在し、捜索現場においてそのデータをコピーすることは必ずしも容易ではないと考えられるから、電子手帳そのものを差し押さえることもやむを得ないというべきである。
さらに、原告甲野は、オウム真理教は、本件被疑事件当時から、警察の捜査に協力してきたのであり、本件捜索差押一の必要性はないと主張する。しかし、そうであっても、本件被疑事件との関連においてもオウム真理教による捜査協力があるとは限らないから、本件捜索差押一の必要性が否定されるということはできない。
また、原告甲野は、警察は、本件被疑事件について、軽微な事件として考え、最初から事件として立件するつもりがなく、本件捜索差押一は本件被疑事件についての捜査を目的としたものではなく、警視庁特別手配被疑者の検挙及びオウム真理教に対する情報収集の目的でなされたものであり、いわゆる別件捜索差押えないしは目的外流用であると主張する。しかし、本件被疑事実は、五年以下の懲役又は五〇万円以下の罰金が科せられる犯罪であり、また、前記(一)認定のとおり、オウム真理教の組織的関与の疑いも生じており、これ自体、強制捜査の必要のない軽微な事件とはいい難い。なお、原告甲野は、Aが取調べを受けておらず、本件被疑事実について起訴されていないこと、他のオウム真理教信者らによる、本件被疑事実と同種の被疑事実に関しても同様であること、本件被疑事実に関し、本件捜索差押一及び二以外にあまりにも大規模な捜査がなされていること等を右主張の理由として挙げているが、〔証拠略〕によれば、捜査機関がAに対し出頭要請をしていることが認められるし、そもそも、物的証拠の収集と人的証拠の収集及び被疑者の起訴・不起訴の選択は、いずれもある程度捜査機関の裁量に委ねられているから、右の点から本件捜索差押一を別件捜索差押えないしは目的外流用であると認めることはできない。
したがって、原告甲野の右各主張はいずれも失当である。
2 争点(二)について
前記1で検討したところによれば、本件捜索差押許可状一を発付するにあたっては、捜索差押えの各要件が満たされていたものと認められるから、裁判官による本件捜索許可状一の発付が違法であるということはできない。
3 争点(三)について
(一) 原告甲野は、本件令状請求一が違法であることを前提として、本件捜索差押一の執行の違法性を主張するが、前記1判示のとおり、この前提事実が認められない以上、原告甲野のこの点の主張は認められない。
(二)(1) 次に、原告甲野は、本件捜索差押一の執行について、本件押収物件一は本件被疑事実との関連性がなく、加えて、フロッピーディスクの差押えについては、その内容を確認しないで差し押さえた点で、また、クリーニングフロッピー及びブリキ缶の差押えについては、本件捜索差押許可状一の差し押さえるべき物欄に記載のないものを差し押さえた点で、いずれも違法であると主張するので以下検討する。
(2) 〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
平成八年九月九日ころ、小金井署が西新井署の畑田警部と連絡を取り合った結果、当時、小金井署に捜査係長として勤務していた鶴田警部補を現場責任者として、同人ら六名の小金井署捜査員により本件捜索差押一を実施することとなった。捜索に先立ち、畑田警部は、鶴田警部補に対し、オウム真理教では信者等に対する指示伝達をパソコン通信を利用して行っている事実があり、フロッピーディスク等にも証拠となり得る記録が入っている可能性が十分にあるのでそれらの発見に注意すること、フロッピーディスク等を発見した場合、過去にパソコン等にオウム真理教によって特殊なプログラムが組まれ、電源を入れるとデータが自動的に消滅するような事実があったので、扱いには十分に注意すること等の各指示を与えた。
平成八年九月二日午前七時ころ、鶴田警部補は、本件捜索場所一に到着し、チャイムを鳴らしたが応答がなかったため、同道した消防署員を立会人として、同人に捜索差押許可状一を示し、内容を読み聞かせた上で、本件捜索場所一の管理会社から受領していた鍵を使い、ドアを開けて室内に入り、捜索差押えを開始した。室内は、段ボール箱、カラーボックス、大きな袋づめのタイ米等が積み上げられて置いてあるような状況であったため、鶴田警部補は、本件捜索場所一が、一個人の生活場所というよりは、オウム真理教が組織の活動拠点として使用しているものと認識した。
鶴田警部補は、段ボール箱等を一つ一つ開けて内容物を確認するなどしていき、本件押収物件一を押収した。フロッピーディスクについては、本件捜索場所一にパソコン等がなく現場でその内容を確認することが不可能であったこと、フロッピーディスクが多量であったことに加えて、仮に、同所にパソコンがあったとしても、そのパソコンにパスワードが設定されており、フロッピーディスクの内容を確認することはできず、また、パソコンに関する高度な専門知識がないとデータが破壊される等の細工がなされている可能性があることを考え、現場でフロッピーディスクを確認することなく差し押さえた。また、多数のフロッピーディスクの中に混じってクリーニングフロッピーも発見されたが、その状況から、明らかに記憶媒体としてのフロッピーディスクに該当しないとの確信が持てなかったため、これも差し押さえた。さらに、これらのフロッピーディスクの中には、ブリキ缶に入っていたものもあったので、これもフロッピーディスクと一緒に差し押さえた。
(3) 前記のとおり、本件被疑事実がオウム真理教の関与する組織的犯行であるとの疑いがあったこと、本件捜索場所一の状況が一個人の住居というよりは、オウム真理教が組織の活動拠点として使用しているものと認められたこと、Aが、平成八年七月一八日、本件捜索場所一に住民登録をしていたこと、Aが、本件捜索場所一に、平成八年五月ころから七月ころまで出入りしていたこと、オウム真理教が信者等に対する指示伝達をパソコン通信を利用して行っているとの情報があったこと等の事実に照らせば、本件押収物件一は、いずれも本件捜索差押許可状一に記載された「組織的犯行であることを明らかにするために必要なオウム真理教からの指示、通達、連絡及びこれらに関するフロッピーディスク」にあたるといえ、その差押えに違法な点はない。
これに対し、原告甲野は、本件捜索差押一におけるフロッピーディスクの差押えについて、フロッピーディスクの内容を確認しないで差し押さえた点で違法であると主張する。
しかし、右認定の事実に照らすと、本件捜索場所一にあった各フロッピーディスクの中には本件被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性があったうえ、そのような情報が実際に記録されているか否かをその場で確認していたのでは記録された情報を損壊してしまう危険があったものと認められるから、現場で内容を確認しないでフロッピーディスクを差し押さえたことをもって違法とすることはできない。
また、原告甲野はクリーニングフロッピー及びブリキ缶をそれぞれ差し押さえたことを違法と主張するが、クリーニングフロッピーと通常のフロッピーディスクとは、ラベル以外の外部的な形状が同じであり、ラベルの貼り替えは容易であるので、その内容を確認しないでクリーニングフロッピーと通常のフロッピーディスクとを判別することはできないし、ブリキ缶は、本件において、押収されたフロッピーディスク等と一体の収納物と認められるので、これらをそれぞれ差し押さえたことは違法とはいえない。
4 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告甲野の請求には理由がない。
二 原告乙山の請求について
1 争点(一)について
(一) 〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
(1) 平成八年九月一九日ころ、畑田警部は、Fに対する電磁的公正証書不実記録、同供用被疑事件で、同月一三日に富士山総本部に対する捜索差押えを実施した捜査員から、富士山総本部付属建物である「第一サティアン」の浅井真樹が使用している部屋を捜索中、「VTより もしかしたら 明日強制入るかもしれません。UK VVへお伝えください。」と記載された紙片を発見し、同捜査員が、右浅井に対し、右紙片の任意提出を求めたところ、拒否された、との連絡を受けた。畑田警部は、右紙片が、オウム真理教の関連施設に対して警察の強制捜査が入ることを知っているオウム真理教の協力者と思われる者から富士山総本部にいるオウム真理教信者に宛てた、暗号を用いた極秘の伝言であると考え、紙片の存在状況等から、警察による捜索に対するオウム真理教の証拠隠滅行為に結びつく物であると判断し、静岡県警察富士宮警察署に対し、富士山総本部からオウム真理教信者が荷物等を搬出した事実があるか否かの照会をした。その結果、同署では、平成八年九月一一日から、同月一九日までの間に、五回にわたり、Aを含むオウム真理教信者らが富士山総本部から車両で荷物を搬出するのを確認していること、その際、警察官がオウム真理教信者に対し、荷物の搬出先について質問したところ、いずれもオウム真理教の、名古屋道場、杉並道場、世田谷道場、阿佐ヶ谷道場、本件捜索場所二である旨答えていること、Aは、富士山総本部に対する右捜索の前日である同月一二日に、警察官の質問に対して杉並道場に荷物を搬出すると答えていたこと及び荷物の搬出に使われた車両は全部で四台で、荷物の中にはパソコンも何台かあったことが判明した。畑田警部は、右紙片の存在から、オウム真理教が組織的に何らかの証拠隠滅を図ったのではないかと考え、また、オウム真理教及びAが、富士山総本部に対する強制捜査を事前に察知して、本件被疑事件に関する証拠品が捜索によって発見されることをおそれ、関係資料を他の場所に移して証拠隠滅を図った可能性もあると考えた。そこで、本件被疑事件を解明するためには、平成八年九月一一日から一七日にかけて富士山総本部から搬出された荷物の搬出先を捜索する必要があると考え、捜査を聞始することにした。
(2) 畑田警部及び西新井署別事課員が、富士山総本部からの荷物の搬出先の一つとされた本件捜索場所二について捜査をした結果、本件捜索場所二は、鉄筋コンクリート四階建てで、ビル全体をオウム真理教が使用しており、一階出入口横ガラスには「サティアン識華新高円寺店」の表示がされていること、本件捜索場所二の一階に設置された出入口のシャッターは閉まっており、「サティアン識華新高円寺店」の表示がある出入口から、オウム真理教信者が二階以上に出入りしていること、本件捜索場所二にはオウム真理教の関連会社である神聖真理発展社が本店登記されている上、オウム真理教信者、特に女性信者の集団居住地として使用されていること、Aが平成八年五月下旬から九月中旬ころにかけて本件捜索場所二に一〇回以上出入りしており、うち九月一二日には、車両で荷物を搬入していたことなどが判明した。ただ、Aの居住先については、捜査してもその所在は分からなかった。
(3) 畑田警部は、右の判明事実から、富士出総本部からの荷物の搬出が、本件被疑事件及びFらオウム真理教信者が虚偽の住民登録をした被疑事件の証拠品を別の場所に移して隠匿するためになされた疑いがあり、本件捜索場所二には、本件被疑事件の動機、目的、手段方法、共犯関係又は背後関係等を明らかにする証拠物が存在すると認めるに足りる状況があるものと判断した。
そして、畑田警部は、本件令状請求二を行った。
(二) 以上の認定事実によれば、畑田警部が本件令状請求二の時点における捜査結果から、本件被疑事実はオウム真理教の関与する組織的犯行の疑いがあり、本件被疑事実の動機、目的、手段方法、共犯関係又は背後関係等を解明するのに必要な証拠物が本件捜索場所二に存在する蓋然性が高く、これについて捜索を行う必要性があると判断したことは、相当の理由があったといえる。
原告乙山は、本件捜索差押二を受けるまで本件被疑事実自体を知らなかったのであり、本件被疑事実につき何ら関与していないこと、Aらが、平成八年九月一二日、富士山総本部から荷物を搬出したのは、オウム真理教信者らが、破産管財人から、同年一〇月一七日までに富士山総本部から退去するように言われていたからであること、Aらが、富士山総本部から荷物を搬出する際、警察が搬出荷物をチェックしており、右搬出について証拠品を隠匿したものと考えて捜索差押えをすることは不当捜査であること、富士山総本部に対しては何度も捜索差押えが行われており、富士山総本部から搬出された物の中に本件被疑事実に関する証拠があるはずはないことなどを根拠に、本件被疑事実と本件捜索場所二とは関連性を有しないと主張する。しかし、原告乙山の認識ないし本件被疑事実への関与の有無にかかわらず、前記認定の事実に照らせば、本件被疑事実と本件捜索場所二との関連性は否定できない。また、原告乙山の主張のとおり、破産管財人から退去の指示があったからといって、証拠隠滅の疑いがなくなるわけではないし、警察が右搬出の際、搬出荷物をチェックしていたとしても、フロッピーディスク等の内容はもとより、個々の荷物の具体的内容に至るまで詳細にチェックできたとは限らない。そして、富士山総本部に対して何度も捜索差押えが行われていたとしても、右各捜索差押えに際して発見を免れた証拠物があった可能性は否定できない。
さらに、原告乙山は、本件令状請求二において差し押さえるべき物とされた物件のうち電子手帳、パソコン、周辺機器、外部記憶媒体、パソコン等の取扱説明書等の印刷物及びメモ、手帳、日記帳等について、いずれも本件被疑事実との関連性を否定し、外部記憶媒体について、無限定に差し押さえるべき物として挙げることは一般的・包括的押収になってしまうため許されないと主張する。しかし、電子手帳、パソコン及び外部記憶媒体については、本件被疑事実に関するオウム真理教の組織的な関与を示す内容等が記録されている可能性があり、パソコンについては、押収したフロッピーディスク等外部記憶媒体の内容を確認する際、同媒体に適合したパソコンが必要となる可能性もあり、周辺機器については、本件被疑事実がパソコン通信等を利用した組織的犯行であることを裏付けるために必要な証拠物となる可能性があり、パソコン等の取扱説明書等の印刷物及びメモについては、パソコンに記憶された内容を確認するために不可欠であることが考えられ、また、手帳、日記帳等には本件被疑事実の動機に関する内容が記載されている可能性があるから、本件被疑事実の動機、目的、手段方法、共犯関係又は背後関係等を解明するにあたり、右各物件はいずれも証拠となり得るといえる。また、外部記憶媒体については、そもそも無限定に差し押さえるべき物として挙げられているのではなく、組織的犯行であることを明らかにするために必要なものという限定を加えた上で挙げられている。
加えて、原告乙山は、電子手帳及びパソコンについて、本件被疑事実に関する情報が入力されている場合には、その電子手帳等のデータをコピーするなり他の方法によるべきであり、ハードウェアそのものを差し押さえることは許されないと主張するが、電子手帳には各種のタイプが存在し、捜索現場においてそのデータをコピーすることは必ずしも容易ではないと考えられるし、パソコンについても独自のパスワードが設定されている可能性があるので、捜索現場においてそのデータをコピーすることは必ずしも容易ではないと考えられるから、電子手帳及びパソコンそのものを差し押さえることもやむを得ないというべきである。
さらに、原告乙山は、オウム真理教は、本件被疑事件当時から、警察の捜査に協力してきたのであり、本件捜索差押二の必要性はないと主張する。しかし、そうであっても、本件被疑事件との関連においても捜査協力があるとは限らないから、本件捜索差押二の必要性が否定されるということはできない。
また、原告乙山は、警察は、本件被疑事件について、軽微な事件として考え、最初から事件として立件するつもりがなく、本件捜索差押二は本件被疑事件についての捜査を目的としたものではなく、警視庁特別手配被疑者の検挙及びオウム真理教に対する情報収集の目的でなされたものであり、いわゆる別件捜索差押えないしは目的外流用であると主張する。しかし、前記一1(二)第七段落に判示のとおり、かかる主張も理由がない。
したがって、原告乙山の右各主張は、いずれも失当である。
2 争点(二)について
前記1で検討したところによれば、本件捜索差押許可状二を発付するにあたっては、捜索差押えの各要件が満たされていたものと認められるから、裁判官による本件捜索許可状二の発付が違法であるということはできない。
3 争点(三)について
(一) 原告乙山は、本件令状請求二が違法であることを前提として、本件捜索差押二の執行の違法性を主張するが、前記1判示のとおり、この前提事実が認められない以上、原告乙山のこの点の主張は認められない。
(二)(1) 次に、原告乙山は、本件捜索差押二の執行について、本件押収物件二は本件被疑事実との関連性がなく、加えて、フロッピーディスクの差押えについては、その内容を確認しないで差し押さえた点で、違法であると主張するので以下検討する。
(2) 〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
平成八年一〇月九日ころ、西新井署から警視庁刑事部捜査共助課に対し、本件被疑事件に関し、本件捜索場所二に対する捜索差押えの応援の要請があり、当時、右捜査共助課に係長として勤務していた郡警部を現場責任者として、本件捜索差押二を実施することとなった。郡警部は、畑田警部から、差し押さえるべき物に関して、本件被疑事件がオウム真理教の関与する組織的犯行の疑いがあり、オウム真理教からの指示、命令等は、パソコン通信等によってなされている実態があるため、その通信内容がアロソピーディスク等の外部記憶媒体、パソコンに内蔵されたハードディスクに保存されている可能性があること、押収したフロッピーディスク等外部記憶媒体の内容を確認する上で同媒体に適合したパソコンが必要となること等の理由から、特に、パソコン、フロッピーディスク等について、証拠物と認められる物については、差し押さえてほしいこと、本件捜索場所二には、神聖真理発展社が存在するが、同社はパソコンの輸入や販売を行っている会社であり、オウム真理教信者が役員をしており、パソコンの知識のある者がいる可能性があること、過去の捜索に際して、ハードディスクの中の記憶が消去されたことがあったこと等の理由から、捜索差押えにあたっては注意してほしいこと等の各指示を受けた。
郡警部は、平成八年一〇月一一日午前九時五〇分ころ、本件捜索場所二に到着し、「サティアン識華新高円寺店」と表示されている一階出入口ドアをノックしたがしばらく応答がなく、続けてノックしたところ、原告乙山が白色上下のオウム服といわれている修行服のようなものを着用し、小型テープレコーダーを持って出てきた。そこで、同道した小西警部補が、原告乙山に対し、本件捜索差押許可状二を示し、順次捜索を開始し、一階から四階までを捜索したが、その際、原告乙山らオウム真理教信者から捜索に対する抗議を受けた。郡警部は、過去のオウム真理教関連施設に対する捜索差押えの際、捜索聞始直後、オウム真理教信者がパソコンを操作して、記憶されているデータを消去した事実があったため、安易にオウム真理教信者の前でパソコンの操作をすることは適切でないと考えられたこと、本件捜索場所二内に本店登記されていた神聖真理発展社は、パソコン、周辺機器、通信機器等の販売を業として行っていることから、本件捜索場所二にはパソコンの専門知識を有する者が存在している可能性が高いと認められたこと等から、フロッピーディスク、パソコン及びハードディスクについては現場で内容を確認することなく差し押さえた。二階に所在する神聖真理発展社内にあったノートには、生活費のやりくりに関する記載のほかパソコンのパスワードや操作手順と思われる記載があり、四階にあったノートには、オウム真理教関係者と思われる者多数の名前やパソコンのパスワードや操作手順と思われる記載があり、アドレス帳には、オウム真理教関係者と思われる者の住所や記号化された連絡先と思われる記載があり、いずれも本件被疑事実に関する証拠物として差し押さえた。
(3) 前記のとおり、本件被疑事実がオウム真理教の関与する組織的犯行であるとの疑いがあったこと、本件捜索場所二は、ビル全体をオウム真理教が使用しており、オウム真理教信者、特に女性信者の集団居住地として使用されていて、Aも平成八年五月下旬から九月中旬ころにかけて一〇回以上出入りしていたこと、富士山総本部に対する捜索差押えの直前にAらが同本部から搬出した荷物の一部が本件捜索場所二に運び込まれた形跡があり、このような荷物の移動は同本部への捜索差押えを事前に察知してなされたことを疑わせる事実があったこと、オウム真理教が信者等に対する指示伝達をパソコン通信を利用して行っているとの情報があったことや右認定の捜索差押えの状況及び押収物件の内容に照らせば、本件押収物件二は、いずれも本件被疑事実の証拠となる可能性があり、本件捜索差押許可状二の差し押さえるべきもの欄に記載された証拠物にあたるといえ、その差押えに違法な点はない。
これに対し、原告乙山は、本件捜索差押二におけるフロッピーディスクの差押えについて、フロッピーディスクの内容を確認しないで差し押さえた点で違法であると主張する。しかし、右に見たところに照らすと、本件捜索場所二にあった各フロッピーディスク中には本件被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性があったうえ、そのような情報が実際に記録されているか否かを確認していたのでは記録された情報を損壊してしまう危険があったものと認められるから、現場で内容を確認しないでフロッピーディスクを差し押さえたことを違法とすることはできない。
4 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告乙山の請求には理由がない。
第四 結論
以上判示したところによれば、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西村則夫 裁判官 内田博久 下澤良太)